映画と現場 備忘録

しゅ〜かつの逃げ場

『デイアンドナイト』


父が自殺し,実家へ帰った明石幸次(阿部進之介)。父は大手企業の不正を内部告発したことで死に追いやられ,残された家族もまた崩壊寸前であった。そんな明石に児童養護施設のオーナーを務める男,北村(安藤政信)が手を差し伸べる。孤児を父親同然に養う傍ら,「子供たちを生かすためなら犯罪をも厭わない。」という道徳観を持ち,正義と犯罪を共存させる北村に魅せられていく明石と,そんな明石を案じる児童養護施設で生活する少女・奈々(清原果耶)。しかし明石は次第に復讐心に駆られ,善悪の境を見失っていく―。



昼と夜。光と闇。善と悪。相対する両面を生きる明石の姿は幸せそうであり,苦しそうでもあり。どうしようもなく切なく見えてこっちが苦しくなってしまいました。善と悪のどちらにいるのか。正しいとは一体何なのか。明石や奈々と一緒に考え,観終わった後も考え続けてしまう映画でした。



明石は自分の父に何があったのか何も知らない状態で,父が生前何をしていて,なぜ自殺してしまったのかを徐々に知ることになります。どんどん新しい情報が出てきて,物語の展開に置いて行かれそうになるけれど,明石と同じように知っていく体験は面白かったです。













※以下とってもとってもネタバレを含みます。












明石は口数が少なくて基本的にとても穏やか。だからこそ急に声色を低くする時や,復讐相手である三宅(田中哲司)と殴り合うシーンはとてつもない気迫があって,奈々との会話シーンと同じ人だと思えない凄みがあった。こんなにも人間の二面性を演じきれるなんて…阿部進之介さんの演技を危うく知らないままでいるところでした。それはもう人生の損失。


(主演だけでなく企画と原案もされている阿部進之介さん。どんな方なのだろうと調べたら『神さまの轍』に出演されていました。え…去年ナナゲイで観たじゃん……もっと遡ると『信長協奏曲』に『十三人の刺客』,『メイちゃんの執事』…… いや覚えてるよ,もう出会ってたよ,私………)








奈々役はオーディションで500人から全員一致で選ばれたという清原果耶ちゃん。我らが果耶ちゃん。女優のお仕事を選んでくれて本当にありがとう。『3月のライオン』もそうだけれど,複雑な家庭環境を持ちながらも,清らかで強い女の子を演じる果耶ちゃんがとても好きです。

清原:今回,役作りはほとんどしていないんです。事前にいただいたキャラクターシートから奈々のイメージを感じ取ったぐらいでした。撮影時の自分が思春期だったことが影響しているのか分かりませんが,私自身のフラフラ揺れる不安定な感情が,ちょうど奈々の境遇や感情と重なるところがあったので,本当に自然と自分の中から出てきたもので演じることができたんです。

(思春期に奈々のような女の子を演じるって奇跡みたいなタイミングじゃないですか…ありがとう……)


物語の終盤,奈々は自分の父親は既に死んでいて,殺したのは北村だと,自分にはもう迎えに来てくれる親がいないことを知ってしまう。北村と相対して感情を爆発させるシーンの会話は無音。だから何を言ってるか分からないのに,どうしようもない怒りや虚しさがまっすぐ北村に向けられているのが分かって鳥肌が立った。綾野剛氏もコメントを寄せているけれど, 果耶ちゃんの演技は,まなざしは本当に映画界の希望だと思います。







他の役者さんも存在感のある方ばかりなのです。特に印象深いのが笠松将くん。この映画に関して前情報で知っていたのが山田孝之,清原伽耶ちゃん,主題歌は洋次郎ってことぐらいだったので,笠松将くんと三船海斗くんが出てきた時はびっくりしてしまいました。


笠松将くん演じる青柳は,明石も手を染めることとなる裏稼業に精を出す若者。やってることは犯罪だけど愛嬌があってニヤリと笑った顔が可愛いのです… 終盤にみせる攻撃的な表情も素敵。(今でも悪役を演じることが多いけど,将来的に波岡一喜さんのようになりそう…なってほしい……憎めないチンピラ…)



(三船くん演じる奈々のクラスメイトはとても爽やかで,アミュ繋がりだと風早くんの再来かと(笑) でも案外サイコパスとかも似合いそう。)







いちばん印象に残ったのはラスト,奈々が明石に正しいとは何かを問うシーン。明石は「大切な人を守ること」と答えます。対して奈々は「守れたの?」と。


明石は守れなかった。裏稼業の仲間たちは捕まってしまった。養護施設の経営ができなくなれば子どもたちの生活にも影響が出るだろうし,母や妹はこれからどんな目で見られるのか。


でも明石の言う正しさが正しいなら三宅も正しいことをしたと言えるはずなのです。三宅だって大切な会社や家族,顧客を守るために行動していたはずだから。地位とか名声も全然あると思うけど。それだけではなかったはず。


卒業式で娘を見て笑い合う三宅と妻が映し出されるシーンを見たとき,本当に救いが無い物語なのだなと思いました。明石の信じる正しさは社会が求める正しさではなかったのだと。昨年観劇した舞台『サメと泳ぐ』でも田中哲司さんはこんな"大人"の役だったなぁ。三宅のしたことは決して正しくないのだけど,明石の父がしたように,間違っていると声を上げる方が悲しみ苦しむ人が多くなることもある。"大人"の世界の見えない"ルール"を痛いほど見せつけられてしまいました。







"山田孝之全面プロデュース"という一文がとても強い力を持っていることがこの作品にどれだけ影響を与えるのだろうと思っていました。実際私も山田孝之への信頼と期待から,絶対に面白いものをみせてくれると感じていたし。ただ"山田孝之"というフィルターがかかってしまった状態で観ると,作品自体をちゃんと楽しめないのでは…とも思っていたのです。


杞憂でした。本当に面白くて,たくさん考えさせられて,作品の物語にのめり込んでいました。(中盤流れるアップテンポな音楽は山田孝之っぽいな〜とは思った)


制作の過程で明石の台詞は阿部進之介さんが,その他の台詞は山田孝之が全役演じてブラッシュアップしていったそうです。初稿から完成まで4年かかったらしい。ただ撮影が始まるとほぼ全ての撮影に朝から晩まで同行し,プロデュース業に専念して役者としての顔は見せていなかったと。


山田孝之は今回が初の全面プロデュース。プロデューサーとしての能力は何もないから,一緒につくっていく中で学ぶ形になってしまうけれど,影響力や人を集めることなら絶対に協力できると思って「プロデューサーとして入れてくれないか?」とお願いしたそうです。それでこんな面白い作品が出来るの,やはり期待を裏切らないのがすごい。


結果としてやっぱり山田孝之はやばい! すごい! になるのだけど,阿部進之介さんも,藤井道人監督も,清原果耶ちゃんもみんな凄かった。これ以上に心動かされる映画に今年もう出会えないかもしれないなぁと私は思いました。まだ2月なのに…







何が正しいのか,誰が正しいのか。何を信じるのか,何を守りたいのか。法律で決められたことが全てなのか。家族を守るために犯す罪は悪なのか。何も見えてないふりをして,考えないようにして過ごすことが正しいのか。たくさんたくさん考えさせられました。


良くも悪くも疲労感と余韻のある映画で私は好きでした。"こうじゃないですか?"と提示されるより,"あなたはどう考えますか?"と投げかけられる作品の在り方が好きです。またこの製作陣で映画つくってほしいな。